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誰のための?何のための音楽?

2018/8/25 - ブログ

哲学的なタイトルですがとても現実的なお話を。

先日、私たちは某音楽コンテストに応募しました。
バンドマンが真っ先に連想するようなバンドグランプリ的なものではなくて「PR用の楽曲募集」みたいなアレです。
PR用の楽曲、ようするにCM曲みたいなものなのですがこれって有名人でない限りはアーティストの自我や個性みたいなものってほとんどいらないんですよね…
自我や個性を限界まで削ぎ落として、人畜無害で誰にも嫌悪感をもたれない代わりに誰の1番にもならない、だけどキャッチーでとにかく耳に残る曲を作ることが勝利への近道になっちゃいます。
私たちも大人なのでそういうのをしっかり理解しており、私たちも個性を捨てて限界までプレーンでキャッチーな曲で挑みましたが上には上がいた…
優勝した方は音楽の授業で使われそうな優等生のお手本のような曲でした。
サビのキャッチーさは自分たちと似たようなものだとは思ったのですが、プレーンでフラットな聴きやすさという意味ではグランプリの方が圧勝だと思いました。
主催者の求めるものにバシコーンってはまっただろうなって実感できるものでした。

私たちも小さな賞はいただけたのですが、バンドとしての自我を削ぎ落として作った曲だとトップにならない限りはバンドの財産として残るものが大変少ないんですよね…
いい曲だと思うけどこの曲が「バンドの代表曲です」みたいな一人歩きをしてしまうのはなんか嫌だなみたいな複雑な気分なんです。

音楽っていうのは何かしらの目的を遂行するための装飾品として作られる上記のような人畜無害なものと、自己満足を爆発させる他人にとっての毒にも薬にもなるものの二種類があると思っています。
音楽を得点で表現するのは抵抗があるのですが、前者はみんなが5〜6点くらいはつけてくれるけど後者は0〜10点まで人それぞれつけてくる感じだと思ってます。
前者に対しては0点をつける人もいなければ10点をつける人もいない。
後者は完全に人の好みのツボ次第って感じですね。

アーティスト冥利に尽きるのは「徹底的に自己満足な音楽に走った結果、奇跡的に何人かが10点満点をつけてくれた」みたいなやつですね。
世界中の人が10点をつける最高の音楽ってのは現実的にはありえないのでアーティストのゴールは「一人でもいいから誰かの1番になること」だと思います。

インディーズバンドはメジャーデビューを目指してあの手この手でって頑張ってる人もいると思うのですが、自分が何を目指してるのかっていう立ち位置をしっかりと見据えなければなりません。
きれいごとによる反論を無視すれば

メジャーデビュー = 商業音楽 = 商品

です。
メジャーレーベルも多様化しているので一概には言えませんが、企業である限りは利益をあげることが重要課題になってきます。
売り手(メジャーレーベル)は「いい商品」を欲しがっていて、いい商品というのは誰にも害がなく、多くの人に平均よりちょっと上の好印象を持たれて、商業的展開や期間感を計画立てれるものです。
「いい商品」というのは特別な知識がない人が手にしても直感的に理解できて、怪我もなく手軽に使えるものです。
そのためにはメジャーデビューにあたって封印しなければならない過去曲がでてきたり、今まで歌ってた歌の歌詞を変えなきゃいけなかったり、メンバージェンジしなければならなかったり…
そういうのを許容していく覚悟が必要です。

そうでなく自己満足を追求するのであれば安定した収入と確実な余暇が得られる仕事についてから音楽活動をしていくのが長期にわたって幸せだろうなって思います。

自分が目指すものが途中で変わることがあるのは全然いいと思うけど、「今はどういう立ち位置か」っていうのをちゃんと見据えていないと何にもならないし自分も愛せない中途半端な作品を生み出し続けることになっちゃいますね。
結局、音楽で食べていけてる人の大半が「きちんとした商品になる」ができてる人で、これに一番必要なのが前述のような割り切りだったりするんです。

誰のための?何のための音楽?

真剣に音楽と向き合うならいつも寝る前にこのテーマを自分に照らし合わせて振り返る必要があるかもしれません。